好奇心を活かす

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
 
世界の動きは混沌としていて、 今年もいろいろな事が起きてきそうな予感がします。
 
そんな世の中ですが、 魂の視点から観ると誰ひとり例外なくこの時代に生まれてきた意味 があるはずです。”生かされている” という根源的な喜びを忘れることなく、 自分に用意された人生を味わい尽くし生きましょう。
 
今年もよろしくお願いいたします。
 
 
 
年末年始はいかがお過ごしでしたか?
 
僕はおかげさまで、 年末年始は東京で大切な時間を過ごすことができました。
 
思い出に残る時間だったと思います。
 
元日には歩いていける公園で、 眩しく美しい初日の出を拝むことができたことは特に印象に残って います。
 
その公園までネコのルルと一緒に行ったので、 道なき道をあちこち歩きまわり、 ドキドキ楽しい小さな大冒険をしながらその時を過ごしました。
 
ルルは僕にとって友達であり、地球で同じ時代を生きる仲間( 同志)といった間柄です。
 
いつもの散歩コースから外れて見知らぬ場所へ行っても、 ずっとテコテコついてきたルルにとっては大冒険のお散歩。
 
それは同時に、 一緒にいた僕たち人間にとっても大冒険のお散歩になりました。
 
そんな大冒険を一緒にいたみんなで体験できたのは、 ルルの好奇心があったからなのです。
 
初日の出をあの場所へ観に行きたいと思ったのは僕の小さな好奇心 でしたが、それに賛同してくれた親しい人たちが世界を広げ、 それを冒険に変えてくれたのがルルでした。
 
 
ひとり(一匹)の好奇心が世界を広げて冒険を創り、 本人だけではなく周りの人にも素敵な何かをもたらすことがある。 そんなことを彼は教えてくれました。
 
 
それは言い換えると僕や誰かのちょっとした好奇心が、 自分だけではなく世界の誰かに素敵な何かを届ける可能性を秘めて いるということ。
 
そう考えると、 見えないけれど心に持っている宇宙の宝物のように思えてきます。
 
 
好奇心が向く対象は人によってさまざまです。それも面白い。 みんな違うからこそ世界の可能性は広がるので、 宇宙の宝物だということが実感できます。
 
好奇心が強い人もそうでない人もいますが、 誰もが必ず持っている宝物です。
 
 
好奇心は未知の世界への扉です。未知の世界に踏み込む時には、 ワクワクと同時に不安や恐れはつきものです。だからこそ、 好奇心が動いた時に一歩を踏み出す冒険心がとても大切です。
 
それはある場面では、 行き過ぎると社会のシステムの枠組みから外れることにもつながり ます。それもあって、 社会の枠組みに収まり適合していくために好奇心を打ち消すことを 、自分に対しても他人や子供に対しても、 僕たちはかなりやってきたのではないかと思います。
 
確かに、自分の欲望を満たすだけで、 他の人や他の存在を故意に犠牲にするようなことに対しての好奇心 の"行き過ぎ"には注意が必要だと思います。
 
一方で、好奇心自体を打ち消すことばかりをやっていると、 やがてだんだん自分の心の動きが萎えていき、 自分の中の好奇心に氣づけなくなっていきます。
 
自分の小さな好奇心に、自分が氣づいてあげる。
それが大切だと思います。
 
 
それと僕の場合ですと、強い好奇心を持っていても、 興味は常に続くものではなく変化をすることがあります。
 
例えば、 僕はカメラで写真撮影を始めてから8年くらいになりますが、 その間でほとんどカメラを手にしない時期も1、2年ありました。 それでも、 また写真を撮りたくなる時期がやってきて今に至ります。
 
読書も30代の頃にはものすごく読んでいましたが、 40代でほとんど読まなくなった時期があり、 一昨年からまたものすごく読む時期に入っています。
 
映画の寅さんにハマり、 毎週末に観ていた時期が30代の頃にありましたが、 今は年に観るのは数回です。今でも好きなのは変わりません。
 
 
そのような感じで、好奇心に動かされて情熱を燃やす時期があり、 それをやりきると一旦底を打ち、 また時期を空けて波がやってくる。。
 
 
過去からの延長で自分はこれに興味があると頭で思っているだけで 、もう今は心は動いていないこともありえます。
 
だから、好きなことをしているはずなのに、ちょっとした停滞感、 疲労感があるときは、 自分の氣持ちを再点検するようにしています。 
 
そんなときは、 無理にやり続けるよりは一旦その事はお休みした方がよくて、 それは次のフェーズに進む心のサインのような氣がします。 お休みすると余白が生まれ、 そこにまた新しい何かが入れるようになります。
 
 
やってきた期間が長いとお休みするのも怖いかもしれませんが、 これまでやってきたことが無駄になる訳ではありません。
 
人生を歩んでいった先でそのことが生きてくることもあるし、 何よりもその歩んできた過程、 経験が確実に人生に記憶されています。
 
だから安心して”今” の自分の氣持ちに正直にしていればいいと僕は思っています。
 
 
 
 
 
では好奇心があれば、 なんでもどこまでもやっていいのかというと、 それもそうではないように思うのです。
 
例えば科学の発展がそうですが、 原子力や遺伝子組み換えなどの分野で、 人間として越えてはならない線を越えてしまうといったことが実際 におきています。
 
最近だと生成AIなども、 そういったエリアに入っていると思います。
 
本当は科学の進歩と同時に意識の進化が必要で、 意識の進化とは簡単にいえば、 自分自身も地球で生かされている命の中の一つであることを思い出 していくことだと思います。
 
『人間が特別なのではない。 見えていることの奥の見えていないところでは、 すべての存在がつながり、関係しあいながら存在している。 だから、自分を大切にすることと、周りの人や存在、 自然を大切にすることは同じことなんだ。』
 
そのことが体感として自覚できたならば、 好奇心が行き過ぎて不調和なエリアに入った時に、 何かしらの違和感が感じられるはずなのです。
 
不安や恐れではなく、違和感です。
 
これ以上は危険だと。
何かおかしい、間違っていると。
 
それは頭で考える理屈ではなくて、感覚的な直感です。
 
そこで人間は立ち止まり、 自分を律する選択ができるのではないかと思います。
 
 
しかし現実を見ると、 その違和感に蓋をして進んできたのが今の社会とも言えそうです。
 
何かおかしいと感じていても、 理屈で自分たちを正当化してやり続けてしまいます。
 
僕もそれをやってきたし、今もやってしまっていることも。。
僕たちの過ちです。
 
こうしてみると好奇心というものは、 プラスにもマイナスにもなっていく力を持っている純粋なもので、 どう活かすかの選択を宇宙から本人に委ねられているように観えて きました。
 
 
だから僕は違和感を感じる心を大切にしながら、 宇宙の宝物である好奇心を”魂が喜ぶこと”に活かしていきたい。
 
その積み重ねがいつの日か、 チキウヲトトノエルことに貢献できるような氣がしています。
 
 
今年はどんな年になるのか、半年先も、 3か月先も分かりませんが、 よくよく自分を観ながら魂の声を聴き、 人生という冒険を楽しんでいきます。
 
 
 
 
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
感想等ありましたら、ぜひ返信でお送りください。
 
 
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心の背骨をつくる

 

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
今年も残すところ、あとわずかとなりました。
 
師走の12月、忙しくされている方も多いと思いますので、「體」 も大切にして過ごしましょう。
 
ちょっと見慣れない漢字ですが、體(からだ) はもともとはこの字なんだそうです。からだという言葉を聞いて、 骨よりも「肉」のイメージをしてしまいますが「骨」なんですね。
 
どうやら僕たち現代人には伝わっていない深い意味が、 この漢字には込められていて、「骨」 は思っている以上に大切な役割をしてくれているのかもしれません 。
 
 
さて、今回は『本』ということについて書いてみます。
 
 
この1年は素晴らしい人との出会いと共に、 素晴らしい本との出会いにも恵まれました。
おそらく人生で一番、本を読んだ1年でした。
 
読んだ冊数が多かったのもありますが、読書体験の時間、 質がとても豊かでした。
 
 
最近の本との出会いで思い浮かぶのは、 佐賀県三瀬のカフェに置いてあった星野道夫さんの本「表現者」 です。この本は、星野道夫さんが亡くなったあとに、 縁の深かった友人の方たちが文章を寄せ合い編まれた本です。
 
星野道夫さんの著書は、 ほとんど読んでいましたがこの本は初めてでした。
 
そのカフェでパラパラと読んでみてとても良かったので、後日、 図書館でリクエストして取り寄せてもらい、 最初からゆっくり読み始めました。
 
するとやはりとても素晴らしい本でした!
 
読みながら線を引きたくなってウズウズしてきたので、 古本屋さんで探して購入することにしました。
(僕は蛍光ペンで、 気になった言葉や文章に線を引きながら読むのが好きで、 読み終わったあとで、 線を引いたあたりをまた何度も読み返すのです。)
 
そんな出会い方をした本の中に、 星野道夫さんが読んでいたという本のことが書かれていました。
 
それはジョーゼフ・キャンベルさんの「神話の力」 という本でした。
 
さっそく、その「神話の力」も取り寄せて読んでいると、 こんな言葉に出会いました。
 
「部屋に座って本を読む。ひたすら読む。 然るべき人たちが書いたまともな本ですよ。 すると知性がその本と同じ高さまで運ばれ、あなたはそのあいだ、 ずっと穏やかな、静かに燃える喜びを感じ続けるでしょう。
 
あなたを本当にとらえて離さない作者を見つけたら、 その人の全著作をお読みなさい。 これと決めたひとりの作者があなたに与えてくれるものを読む。 次にはその作者が読んだ本を読んでいくのもいい。 こうするうちに、 あるひとつの観点から見た世界像が見えてくるのです。」
 
僕がまさに同じ過程を辿って、この本に出会い、 この言葉に出会ったのが面白い(笑)
 
これを自分で見つけたというより、 見えない誰かに読まされている。。そんな感覚です。
 
こういう読み方をしているとき、 僕はその作者との対話が始まっているような氣がしてきます。
 
古い本だと作者はすでに亡くなり、 地上から體はなくなっていますが、だからこそ、 より明確にその作者の”今”の意志を観じられるのです。
 
亡くなっている彼らが、"今"何かを伝えようとしてくれている。  
 
星野道夫さんも、手塚治虫さんも、龍村仁さんも、 前回のメルマガで書いた中西悟堂さんも、 僕にとっては特にそういう感覚を持っている人たちです。
 
映画「カンタ!ティモール」のアレックスも同じです。
 
 
 
彼らの言葉に惹かれて彼らの意志を汲み取ろうとして、 それがひとかけらでも受け取れはじめた時に、ふと、 自分の意識の矢印の方向が変わり始めます。
 
彼らの方を向いていた意識が、自分に向き始めます。
 
それは「それで、あなたはどう生きるのですか?」 を問われている感覚です。
 
 
 
彼らの言葉や人生に触れていくことはきっかけにすぎず、 彼らが何を見据えどこへ向かっていたのか。 その向かっていた先に視線を転じる。
 
『ただひたすらに月を見よ』
 
という言葉を思い出します。
 
師に月のある方向を指で示されたとき、 師の指を見続けるのではなく、 その指が指し示す先にある美しい月(真理、悟りなど) に視線を転じる必要がある。
 
月に氣づけたならば、指のことは忘れても構わないと。。
 
 
尊敬する先人たちに近づこうとし続けるのではなく、 先人の教え導きに沿って希望の未来を見据え、 自分だけに用意されている、自分が進むべき道に足を踏み出す。
 
そうすることで、多くの先人たちからの意志、 その智慧を現世に生かすことができ、 さらに後世にもつないでいけると僕は思っています。
 
先に紹介した星野道夫さんの本「表現者」に、 次のような文章があります。
 
ワタリガラスの物語の収集も、モンゴロイドの旅を辿ることも、 究極の目的ではない。神話のひとつひとつの意味ではなく、 神話の生きていた時代の人々の意識。星野さんは彼が”たましい” と呼ぶものを見つめ、 果てしない時の流れに身を委ねていくことで、 それを写真と現代の言葉で表現し、体現しようとした」
 
星野道夫さんも読書家だったそうですが、 たくさんの然るべき人の書いた本を読みながら、 自分の辿るべき魂の道を歩いて行かれたのだと思います。
 
 
自分の辿るべき魂の道は、他の人と比べられるものでもなく、 比べる意味も全くない。
 
ひたすらに”月”を見ながら、 自分のいる場所から歩んでいけばいい。
 
僕にとっての月にあたるのは、
 
『すべての存在がよろこんでいる世界』
 
僕も、今、できることから一歩ずつ。
 
 
そういった一連の氣づきが得られたのは、紙の本で”生きた言葉” に出会ったおかげだと思っています。
 
 
本に触れページをめくりながら、線を引きながら、 ノートに書きとめながら、
言葉を何度も何度も咀嚼して、自分の中に取り込んでいく、 その時間、その過程。
 
その過程で繰り返される自分との対話、自分の魂との対話、 作者との対話。。
 
 
その過程が実はとても大切で、 デジタルの媒体に短時間で情報に触れるだけの体験とは何かが根本 的に違ってきます。
 
同じ情報に触れているはずなのに、
何が違うのだろう。
 
科学的にも、論理的にも説明がつかないのかもしれませんが、
明らかに体験の”質”が違うというのが僕の実感です。
 
以前、長崎の平戸図書館を訪問して、 そこで出会った方がこういった表現をされていました。
 
『紙の本の活字を読むことが、心の背骨をつくってくれます』
 
僕の実感もまさにそれなのです!
そしてここでも「骨」が出てきました。
大切な骨。
 
 
デジタルが悪い訳ではありませんが、紙の本であることの意味、 価値を見直す必要があるというのが、 僕自身の反省を踏まえた今の思いです。
 
これからも然るべき人が書いて残してくれた紙の本を通じて、 僕はコツコツと心の背骨をつくり続けていきます。
 
 
この文章を書きながら、こんな夢ができました。
 
自分で書いた文章を、紙に印刷した活字の本として出版したい。
写真展の写真も、紙の写真集として出版したい。
 
機が熟した、然るべき時に。
 
今の時代だからこそ、あえて紙の本で。
 
 
その本がいつか古本になり、
 
自分の知らないところで、
未来の誰かひとりの手に届き、
 
心の背骨をつくることに役立つことがあるのかもしれません。

 

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人間の役割

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
11月も後半に入りました。 先日まで関東出張に2週間ほど行っていたので、 なんだか久しぶりに糸島での日常です。
 
糸島の朝も寒くなってきています。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
 
さて久しぶりのメルマガでは、 関東出張での体験を書いていきます。
 
以前のメルマガでも書いたことがある『中西悟堂』さん。
日本野鳥の会創始者でもあり、その生き方、 ありようが僕にとって、とても魅力的な人です。
 
悟堂さんが15歳の頃に得度し僧籍に入り『悟堂』 と改名したお寺が東京にある深大寺です。 その近くには神代植物園もあり、 僕も何度も足を運んでいた場所でしたが、 今回改めて訪ねてみました。
 
お寺の受付の方に聞いて、 悟堂さんの銅像がある場所を教えてもらいました。
(お寺の案内図にも、よく見ると小さく書かれていました。)
 
少し高台にあるその場所へ行ってみると、、
ありました!悟堂さんの銅像
 
銅像には蜘蛛の巣が絡んでいたりしたので、綺麗にしていきます。
よく見ると銅像にはてんとう虫が2匹とまっています。 ちょうどホクロのように(笑)
 
そうやって掃除していると、 夕暮れの日差しが差し込んできました。
 
すると、、あれれ?
 
銅像だった悟堂さんが、イキイキとしてきました(笑)
まるで生きているよう!
 
その時カラスさんが一羽、近くの木の枝にとまり、 とても優しい声で鳴きはじめました。 普段カラスさんが鳴くような声ではなくて、 なんとも不思議な声で。
 
僕はハッとしました!
これは悟堂さんが喜んでくれて、 カラスさんを通してその氣持ちを伝えてくれたんだ。。
 
誰よりも野鳥に寄り添っていた悟堂さんらしい伝えかたに、 心がほっこりとあたたくなっていたのでした。
 
 
そしてその数日後。神田神保町で、 またしても悟堂さんの本に出会いました。
(以前にも、神保町で悟堂さんの本に出会っているのです)
 
その本に、 悟堂さんをよくあらわすエピソードが書かれていました。
 
悟堂さんは、60歳あたりから裸生活を始めます。 毎日独自に編み出した体操をし、そして朝食前に36キロを歩き、 足腰を鍛える生活です。でもそれは、 自分の健康のためではなかったというのです。
 
では何のためだったのか?
 
「相手が翼のあるものですからね。 こっちは翼の代わりに足を鍛えておかねばならない。 足が強くないと、薮や沢を越えて追っていくことはできません」
 
つまり、鳥たちとつきあうために身体を鍛えていた。
悟堂さんは、これを"身だしなみ"と称していたそうです。
 
鳥たちを囲って人間のそばに連れてくるのではなく、 人間が鳥たちのそばへ謙虚に降りていく。
 
鳥たちも悟堂さんを仲間だと思っていたように、 悟堂さんも鳥たちを同じ仲間だと思っていたにちがいありません。
 
 
 
もうひとつ今回出会った本で嬉しかったのは、 悟堂さんの本に度々登場してくる石川鴻兒さんの写真と、 石川鴻兒さんに関しての悟堂さんの文章が載っていたことでした。
 
悟堂さんの著書を読んでいると、 悟堂さんの周りにはとても個性的で興味深い人たちが多いのですが 、特に石川鴻兒さんの存在に、 僕はなぜだかとても惹かれていました。
 
 
悟堂さんが石川さんとの思い出を語ります。
 
石川さんがある日、悟堂さんの家の玄関の前にやってきました。
 
「何しに来た」というと、「今日は先生をよろこばせに来た」 という。
どんな風によろこばせてくれるのかと聞いたら、
「これから先生のうちにいてやる」というのである、 ヘンな奴だと思った。
 
石川さんは、悟堂さん一家の疎開先に一緒についていきます。
 
「もう忙しい日は過ぎ去った。 これからはせめて早寝早起きをしようかね」
というと、彼は両足を畳に投げ出したまま、ふところ手のまま、
「おい、おめえ、出来もしねえことを言うない」と、 きめつめるのである。
 
以来、私を「おめえ、おめえ」としか呼ばない。 大変な書生を連れてきたものだと呆れたが、いつでも必ず「おい、 おめえ」である。
 
おそろしくさっぱりした奴だと思った。
が、彼の眼は、私への信頼に充ちている。
 
疎開先に落ち着いたら、怠け者だと思った彼が猛然と働きだした。 疎開先の農家の百姓を手伝うのである。
 
「食わしてもらってるんだから、働くのはあたりめえだろう。 先生は労働しちゃいけねえよ。先生一家の分まで、 おら働くつもりだから、安心してみんなタラフク食え」 という返事だ。
 
そろそろ発揮しだしたなと、私は思った。
 
そんな石川さんにも赤紙が来てしまい、 悟堂さんは瘦せ我慢のくちびるを噛み彼を見送ることになるのでし た。
 
「本氣な魂の帰着を自分で心にきめた奴はみごとだ。 性得の身についた魂の清潔さがある」と悟堂さんは、 のちに石川さんのことを語っています。
 
言葉づかいや態度は一般常識から外れているように見えても、 心根の清浄な石川さんのありようが、 悟堂さんの言葉から伝わってきていました。
 
だから僕も石川さんに惹かれていたのかもしれません。
 
そんな石川鴻兒さんという存在に、今回、 悟堂さんに会わせてもらえた感覚を僕は持っています。
 
 
 
そしてさらに神保町へ行った数日後、 悟堂さんが住んでいたこともある東京の善福寺公園へ初めて行くこ とができました。
 
善福寺池を囲むように公園になっていて、カモさん、カラスさん、 ゴイサギさん、アオサギさん、コサギさん、カワウさん、 ハトさんなど、沢山の野鳥の憩いの場になっていました。
 
カワセミさんも住んでいるそうで、 公園で出会った常連らしいカメラを携えたおじさんに、 四季を通じての公園の野鳥たちの様子を見せてもらえました。
 
悟堂さんが大切にした場所で、今も鳥たちが集まっている。
こういった場所が残っているのは、本当に嬉しい。
 
 
その一方で、、
視野を広げると日本全体、地球全体で、 野鳥や野生の生き物がイキイキと暮らせる場所が、 どんどん減っていっているのはとても悲しい。
 
本当は誰のものでもなく、そもそも人間のものでもない大地。
 
シアトル首長の言葉にもあります。
 
『大地は わたしたちに属しているのではない』
『わたしたちが 大地に属しているのだ』
 
 
人間の都合で管理するのではなく、
大地の声を聴き、大地の喜ぶように、
人間もお手伝いをしていく。させていただく。
 
野菜の声を聴く料理のように。。
 
 
それこそが人間の本来の役割だと、僕は思っています。
 
 
 
振り返ってみると、 悟堂さんに案内してもらっていたような東京滞在でした。
 
悟堂さん、ありがとうございます。
 
 
 
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
感想等ありましたら、ぜひ返信でお送りください。
 
【お知らせ】
 
〇博多『カンタ!ティモール』上映会 11/30(日) 
 
 大切なことは繰り返し、思い出し続ける必要があります。
 
 今年最後の上映会、ぜひお越しください(^^)/
 詳細は下のチラシをご覧ください。

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夢を叶える、夢が叶う

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
今年は暑さが続くなと思っていたら、急に涼しく、 それを通り越して寒く感じる糸島です。毎年のことですが、 寒くなってから寒いのが苦手だったのを思い出します。。
季節の変わり目、よく自分の身体の声を聴いて過ごしましょう。
 
 
さて先日は糸島のギャラリー日常(nijo)さんにて、『 チキウヲカンジテミル写真展』と、
『野菜の声を聴く料理のランチお話会』 を同時開催させて頂きました。
 
今回はその時のことから書いていきます。
 
ギャラリー日常さんに出会ったのは、まだ2ヶ月ほど前。 お友達に紹介されて初めて訪問したその日に、 写真展とランチ会の同時開催が決まったのでした。
 
はじめて訪問した日、 そこのキッチンに並べられていた陶器の急須がとても素敵で、 ぜひそれを使ってみたい!と思いました。
 
日常のオーナーさんは陶器の器がとても好きなようで、 たくさんの大皿があったのですが、実際に使う機会がなく、 ずっと棚にしまわれていたり、 急須も飾ってありましたが使われずにいたそうです。
 
今回ランチ会でお料理を盛り付けた時に、 その器たちがとても喜んでくれた事が伝わってきました。
 
器もよろこび、お料理もよろこび、 作った人も食べた人もよろこび、
展示写真の存在たちもよろこび、展示に触れた人もよろこび、
ギャラリーの建物もよろこぶ。
 
『すべての存在がよろこんでいる世界』
 
僕が創りたい世界がここでひとつ、 実現できたような氣がしました!
 
 
 
そのランチ会にも参加されたオーナーさんがこう言われました。
 
「そういえば、このお部屋を設計したときに、 お料理を囲んで人が集うこういった場面を想像していたんです。 それが叶っていた日になりました!」
 
 
先月の展示をさせてもらったお店の方も、 同じようなことを言われていて、夢が叶う瞬間って、 こういうことなんだという体験を、 僕も一緒にさせてもらうことができました。
 
僕は写真を撮り始めて数年経つのですが、 ずっと写真は趣味という位置付けで、 いつか写真展とかも出来たらいいなとボンヤリ思っていました。
 
それが4か月前から急に展示をさせてもらう流れが舞い込み、 多くの方のご協力を頂きながらせっせと準備を進めて、 終わってみると夢が叶っているということが起きていたのです。
 
「 そういえばいつか写真展をしてみたいとボンヤリ思っていたけど、 想像以上に素晴らしい展示になった!」
 
夢を明確に具体的にずっとイメージし続けてそこに向けて進み、 その夢を叶えるのもひとつの叶えかただと思います。 いわゆる成功者の人の話では、こういったことが叶っています。
 
でも僕の場合は、宇宙の流れ、魂の流れに逆らわずに、 前はよく見えないけれども、その時その時の感覚をたよりに、 たんたんと進んでいき、振り返ると夢が叶っていたことに氣づく。 。そういうことの方が多いようです。
 
どんな夢の叶え方があってもいいと思うのですが、僕の"魂" の場合は後者の叶えかたが好きなんだと思います(笑)
 
 
今回の展示についてもそのような感じでした。
 
9月に同じ糸島での展示を終えた直後だったのもあり、 しかも今回は1日のみ。 頭で考えるとそんなに人も来てくれないかな。。 と思ったのですが、この場所で、 その日にやることになにか意味がありそうな氣がして、 はじめて訪問した日にやらせてもらうことを即決しました。
 
 
結果としては、確かに写真展に来られた"人数" で言えば多くはなかったのですが、来られた方はお一人お一人、 この場所、 このタイミングだからこそ来てもらえた方ばかりでした。
 
久しぶりに再会できた方、お会いしたいと思っていた方、 その中には遠く京都からの友人も!
 
ランチ会でも同様に、予約して頂いた方がキャンセルになっても、 ちょうどそのあとで別の方から申し込みがあったりで、 結果としては満席で、その日にその体験をするために、 魂の計らいで集められたのを感じられる時間となりました。
 
 
自分がイメージした以上のことが、 進んでいった先でいつの間にか叶っている。
 
その叶うまでの進んでいく過程は大変なことも当然多いのですが、 その大変さも含めた過程にこそ人生の価値や意味があるのだと思い ます。
 
そう思うと、今という瞬間も、 きっと何かの夢が叶っていく過程の途上なのでしょう。
 
 
 
その日はさらに、もうひとつ面白いことがありました。
 
今回のランチ会の時にポイントとなった「急須」さんですが、 日常のオーナーさんが昔、 糸島の山にあるギャラリーでの展示の際に出会ったそうです。 でもその山のギャラリーはもう閉じられているとのこと。
 
僕がその数日前に近くの山の頂上付近で、 美しい大きな蝶に出会い、後で調べてみるとその蝶が「 アサギマダラ」 という旅する渡り蝶であることを知った話を切り出しました。
(このアサギマダラさんたちとの出会いも、 導かれたような奇跡的な流れでした)
 
すると、 その僕の話を聞いて日常のオーナーさんがあることを思い出されま した。
 
それは、 その急須と出会った山のギャラリーをされていたご夫婦のお話でし た。そのお話が、 何年か前に地元の糸島新聞の記事になっていたそうで、 それを探してきてみせてくれました。
 
ご夫婦はあるときお庭に現れた美しい蝶アサギマダラに感動されて 、毎年、 アサギマダラが渡りの旅の途中で来てくれるのを楽しみにされるよ うになります。そののち奥様が急逝されます。 やがて旦那さんは亡くなった奥様がアサギマダラとして会いに戻っ てきてくれていることを感じるようになり、 今もお庭にはアサギマダラの好きなお花をたくさん育てられていま す。
 
そのような記事でした。
 
最近会ったばかりの「アサギマダラ」から話がつながり、 僕も何か流れを感じるものがあり、 ギャラリーはもう閉じられているのも分かっていましたが、翌日、 現地へ行ってみることにしました。
 
そして近くの山を散策しているとその旦那さんに、 ばったりお会いできる奇跡を頂くのです。
 
そのままおうちにまで上がらせてもらい、 いろいろなお話を聴かせてもらうことができて、 あっという間に数時間の滞在になっていました。
 
まさに、旅する蝶「アサギマダラ」がつないでくれたご縁です。
 
 
振り返ると、 いろいろ盛りだくさんの体験と学びがあったギャラリー日常さんで のイベントでした。
 
ありがたいです。。
 
 
 
『見える世界を通じて、見えない世界を観じる』
 
日常に多くのサインが散りばめられていることを、 改めて実感しています。
 
 
 
最後まで読んで頂きありがとうございました。 感想等ありましたら、ぜひ返信でお送りください。
 
 
 
【お知らせ】
 
先日、『みらふぃるRadio』 という番組でインタビューをして頂きました。
お時間あるときに観て頂けると嬉しいです(^^)
 
https://www.youtube.com/live/ 1X_pjYgvnPw?si= TdUgVwA3RKulKxab
 
 
〇11/8(土) 茨城神立にて、映画『カンタ!ティモール』のアンコール上映会
〇11/9(日)、11/15(土) 茅ヶ崎アロマココロ横 古民家マルリラにて、ご予約ランチ会
〇11/16(日) 品川 ご予約ランチ&お話会
 
いずれの会も、宇宙おむすび、 野菜の声を聴くお料理を味わって頂けます。
 
(ご興味のある方はご連絡ください。詳細をお知らせします♪)
 
 
写真の展示の今後予定は、 
 
〇10/23(木) 滋賀 ギャラリーgenzai 
〇11/8(土)~11/15(土) 茅ヶ崎 アロマココロ横 古民家マルリラ
 
を予定しています。
 
12月以降もどこかで開催できたらと思っていますので、 全国のご縁のある素敵な場所をご紹介頂けると嬉しいです! ぜひよろしくお願いします(^^)
 
 
 
☆チキウヲトトノエル協会では、 カンジルチカラを育む個人講座も開催しています。
タマシイをもっと身近に、日常に。その道を共に歩みませんか?
 
11月スタートの方を絶賛募集中ですので、 興味のある方はご連絡ください(^^)
 
https://www.tikiuwototonoeru. com/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83% B3
 

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希望の教室

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
10月に入って涼しくなったと思っていたらまた暑さが戻ってきて 、糸島ではまだ半袖、半ズボンで過ごしています。 東京の方はもう肌寒いという話も聞きますが、 皆さんいかがお過ごしでしょうか?
 
 
今月の頭のことですが、ジェーン・ グドールさんが米国での講演ツアー中に91歳で亡くなられた知ら せを受け取りました。 ジェーンさんはガイアシンフォニー第四番にも出演されており、 星野道夫さんとの交流もあった方です。 今回はジェーンさんのことを書いてみようと思います。
 
 
プロフィールを著書から引用します。
 
動物行動学者、環境保護活動家。 アフリカのコンベの森でチンパンジーの研究で数々の発見をする。 そして悪化する一方の環境破壊と貧困を食い止めるべく、 世界中で積極的に講演活動をする。著書、 ドキュメンタリー映像多数。国連平和大使。 大英帝国勲位など数々を受勲、受賞。世界中の尊敬を集め続ける。
 
 
そのジェーンさんが今年の6月に来日されて、 東京の国際基督教大学で講演をされました。実はその講演会に、 僕も奇跡的に参加することができたのです。 今になって思うと一期一会の大切なご縁を頂いていたんだと、 ありがたく感じています。
 
 
講演会の事を知ったのは会の1か月以上前だったのですが、 申込みのサイトを見るとすでに席は完売。 やっぱりすぐに埋まるよね。。と思ったのですが、 なぜかまだ可能性を感じて、 事務局宛に直接連絡をしてみることにしました。
 
キャンセル待ちでいいので、 もし席が空いたら参加をさせてほしいと。
 
すると数日後に事務局から連絡があり、 ありがたく参加が叶ったのでした。
 
当日会場へ行ってみると席は自由席だったので、 遠慮なく前の方のよく見える席へ。
 
ジェーン・グドールさんの存在、 在り方を感じつつお話を聴かせてもらえました。
 
 
その講演で彼女の伝えてくれたことを振り返ってみます。
 
『母の言葉に勇気づけられてきた。諦めなければ道はひらく。 自分が信じているなら、信じ続けなさいと』
 
『地球の状況は深刻ですが、 私たちには少しだけ時間が残されている。 そして自分がひとりじゃないと氣づくこと。それが希望になる』
 
『私たちはよろこびを失ってきた。 今あるもので満足する生き方へシフトしましょう』
 
 
僕は地球の事をおもうと、時間が無い、 もう間に合わないと思ってしまうことがあるので、この『 少しだけ時間が残されている』という言葉にハッとしました。
 
今、自分が生きているという事は、自分は生かされていて、 時間が与えられていて、時間が残されているということなんだと。
希望を失っている場合じゃない。
 
その与えられ残された時間、その命をどう使っていくのかを、
今、ひとりひとりが問われているのだと思います。
 
 
講演中、彼女が世界を一緒に旅しているぬいぐるみの仲間たちも、 一緒に壇上にいました。そのぬいぐるみたちを手に抱きながら、 こう言われました。
 
『私はチンパンジーからこの世界に入ったのだけど、 ぼくだけじゃないよと。ブタさんも、ネズミさんも、 タコさんもね。私にはミッションがある。それは” 人に伝えていくこと”』
 
 
そのあと、ジェーンさんは大学の敷地内に植樹をされて、 その後タクシーで帰って行かれました。裏道から歩いて帰っていた 僕の横を、そのタクシーがちょうど通っていったのです。
 
結果としてそれが最後の別れとなったのですが、 命の続く最後まで”人に伝えていくこと” を全うされたジェーンさんに、 生前に一度でもお会いできた経験は僕の心にちゃんと刻まれました 。
 
 
その会場で買って帰った本が『希望の教室』で、ダグラス・ エイブラムスさんがジェーンさんにインタビューをする形式で書か れています。
 
ダグラスさんの名前を見て、あれ?どこかで見たような? と思ったら、
映画『ミッション・ジョイ』でダライラマ法王、 ツツ大主教の対談のインタビューをしていた方でした。
(この映画も、 とても素晴らしい映画なのでまた別の機会に書きます。)
 
 
この『希望の教室』にも、 とても大切なメッセージが詰まっていました。
いくつか印象に残った言葉を紹介します。
 
『知能や技術が足りないのではなくて、 未来の世代や地球をおもいやる氣持ちが足りない。 地球も他の存在たちも、人間が氣づくのを待っている』
 
『地球にたくさんのものをもらったから、 そのお返しに今度は自分が出来ることをしよう』
 
『希望と楽観は別もの。希望とは、 自分に出来ることを全部やって、 うまくいくようにしようとする強い決意』
 
『圧制に苦しむ人への同情の心が、 いかにしてその圧制を加えた側への嫌悪へとつながりうるのか。 そこに暴力的な復讐が生まれ、大勢の命が奪われる』
 
『過去にとわられないようにするには、許すことだ』
 
『多くの先住民が神について話し、動物や花や木、 さらには岩までも、自分たちの兄弟とみなしている。 ああいう命の見つめ方がとても好き』
 
『不屈の精神力。それは絶望的に思える時にでさえ、 前に進む力を与えてくれるもの。それは他者にも勇気を与える。 あきらめない能力。 たとえ自らの死につながるかもしれないと分かっていても』
 
『とにかくやらなくちゃと思っちゃった。 どうすればいいのか分からなかったけど』
 
『いくら頭で分かっていても、本当に行動しなければ意味がない』
 
『Together we can    Together wa will 一緒ならできる。一緒にやろう』
 
本の中にはこんな言葉もありました。
 
 『言葉は本人が亡くなったあともずっと人々の心に残り、 励ましと希望を与えてくれる』
 
まさにジェーンさんの言葉が僕を励まし、 希望を与えてくれています。
これは、これらの言葉を実際に生きた人だからこそ、 人の心に響くのだと思います。
 
また、これらの言葉を読みながら、 東ティモールの人たちや星野道夫さん、龍村仁さん、 手塚治虫さん、中西悟堂さんなど、 これまでメルマガで書いてきた人たちの言葉とも、 僕の中で共鳴していました。
 
みんな同じことを伝えようとしてくれている。。
 
 
魂に添って生きた先達からのメッセージ。
ちゃんと受け取り、実践し、魂のよろこぶ生を全うする。
 
その道に、僕も続きたい。
 
 
 
最後まで読んで頂きありがとうございました。 感想等ありましたら、ぜひ返信でお送りください。
 
 
 
【お知らせ】
 
先日、『みらふぃるRadio』 という番組でインタビューをして頂きました。
お時間あるときに観て頂けると嬉しいです(^^)
 
https://www.youtube.com/live/ 1X_pjYgvnPw?si= TdUgVwA3RKulKxab
 
 
〇11/8(土) 茨城神立にて、映画『カンタ!ティモール』のアンコール上映会
〇11/9(日)、11/15(土) 茅ヶ崎アロマココロ横 古民家マルリラにて、ご予約ランチ会
〇11/16(日) 品川 ご予約ランチ&お話会
 
いずれの会も、宇宙おむすび、 野菜の声を聴くお料理を味わって頂けます。
 
(ご興味のある方はご連絡ください。詳細をお知らせします♪)
 
 
写真の展示の今後予定は、 
 
〇10/23(木) 滋賀 ギャラリーgenzai 
〇11/8(土)~11/15(土) 茅ヶ崎 アロマココロ横 古民家マルリラ
 
を予定しています。
 
12月以降もどこかで開催できたらと思っていますので、 全国のご縁のある素敵な場所をご紹介頂けると嬉しいです! ぜひよろしくお願いします(^^)
 
 
 
☆チキウヲトトノエル協会では、 カンジルチカラを育む個人講座も開催しています。
タマシイをもっと身近に、日常に。その道を共に歩みませんか?
 
11月スタートの方を絶賛募集中ですので、 興味のある方はご連絡ください(^^)
 
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写真展『チキウヲカンジテミル』

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
早いものでもう10月に入りました。 お彼岸を過ぎて糸島の空氣もずいぶん涼しくなりました。 秋は秋の良さがあるので、 一日一日を味わって過ごしていきたいものです。
 
9月は初めての写真展をさせて頂く機会を得て、 とてもありがたい体験になりました。
 
今回は写真展を振り返って書いてみたいと思います。
 
 
写真展をさせてもらった場所は、糸島で25年も続けられている『 KURUMIAN』さんでした。
 
お店がある場所は道路の脇の細い山道をあがっていき、 海に近い森の中にあります。
 
お店の周りには、いろいろなお花が咲き、 クロアゲハやバッタなどの虫たちも顔を出してくれました。 そして店内の奥にある小部屋のようになったギャラリースペース。
 
そこは社会の時間の流れから隔離された、 別の時空間になっていました。写真の存在たちの美しさ、 写真の存在たちからの声をゆったりとカンジテもらうのにも、 ぴったりの空間。
 
連日、糸島に限らず遠方からも写真展にきてくださり、 お会いできたかたとはその空間でゆっくりと語り過ごすことができ ました。お会いできなかった方も、 その空間でじっくり味わう時間を過ごしてもらえたようです。
 
作品としては18枚を展示したのですが、「 あのネコさんの目と言葉が好き」「あの光に励まされました」「 あの蝶々さんとお花のメッセージが響きました」「 ロウソクの炎の在り方と共鳴しました」など、 面白いことに来られた方の印象に残る写真がひとつに偏らずに分散 していました。
 
これは、以前にやっていたピザ事業(totonoi pizza)の時にも同様に起こったことで、 色々な種類のピザがちゃんとそれぞれの役割をもって存在している ことを教えてもらえた体験でした。
 
今回の場合もそれぞれの写真の存在たちが、 メッセージを届けたい人、 受け取ってくれる人へ語りかけていたのだと思います。
 
写真展の写真は『僕が人に見せたい』という基準ではなく、『 どの写真の存在が、今回の展示に出たがっているか』 という基準で決めました。
 
なので写真の存在たちは、自分が展示に出ることにより、 こういう人に見てもらえるという事も、 実は分かっていたのだと思います。
 
この感覚は野菜の声を聴く料理の世界と同じなので、 僕の中では確信があります。そう書いていて氣がついたのですが、 写真の存在たちだけではなく、 写真を貼った木の板についても同じことが言えそうです。
 
 
ここで木の板についてのエピソードを振り返ってみます。 今回の写真の展示が決まった6月の時点では、 写真の展示はしたこともなかったので、 こんな展示にしようとかは何も決めていませんでした。
 
そのあとで、なんとなくのイメージが湧いてきて、 額に入れるのではなく木の板とかに写真を貼って、直接、 近くで写真を観てもらえるのが良さそうだと思いました。
 
そんな折の7月に久しぶりに糸島の櫻井神社に参拝して、 その帰り道に、 昨年の糸島への移住の際にお世話になった不動産屋さんに立ち寄り ました。
 
そこには不要になった食器や端材の板などのお裾分けがよく置いて あったので、お店の人に尋ねてみました。
 
「今度写真展をすることになって、 写真を貼る木の板を探しているんです。 ホームセンターとかで買うよりも、 使われていない端材とかを活用できたらと思っていて。。」
 
そうして紹介されたのが、 糸島の山奥で民泊を始められたばかりの素敵なご夫婦でした。
 
さっそく、そのご夫婦のところへ伺いお話ししたところ、 使っていない古い板材からの制作を引き受けてもらえて、 そこで丁寧に加工してもらった木の板を8月に受け取り、 その板に写真を貼り9月の展示に使わせてもらうことが無事に叶い ました。
 
この木の板が本当に素晴らしかったのです。自然の風景や、 自然の存在たちの写真を、 木の板が優しく包んで引き立ててくれます。
 
写真展に来られた方も、口々に「この木の板がとてもいいですね! 」と言ってくださりました。
 
写真展に参加して、”木の板たち”も喜んでいたようでした。
 
 
こうした流れを振り返ってみると、 次のような見え方もしてきました。
 
『木の板たちが、 見えないところで僕を動かして必要な人に会わせ、 木の板たちが写真展に、”自ら”参加していた。』
 
こういう事も、野菜たちの世界ではよくあることなんです(笑)
 
 
自分の周りにいてくれる存在たち。
動物や植物だけではなく、道具やぬいぐるみなどの"もの" も含めて、
 
彼らも意志を持ち『そばに来てくれて、いてくれている』 のだと観じられると、
ありがたいという氣持ちが自然に湧いてきます。
 
 
3週間に渡る写真展が終わるころ、 KURUMIANの店主さんがこう言われました。
 
 
「以前、 ある場所で大人も子供もみんながそのままでいれる空間って、 すごくいいと感じたことがあって、 このお店でもそんな空間を創りたいとずっと思ってきました。 でも、なかなかイメージ通りにはならなかったんです。 ところが今回の展示をしてもらって、 素敵な方たちがたくさん来てくれて、 氣がつけば思い描いていたことが叶っていました。」
 
 
見える世界、見えない世界、人智を超えて、
いろいろな応援があの場になされていたんだと思います。 なんてありがたい。。
 
 
写真展では、 自作のポストカードの販売をさせてもらったのですが、 その売上でKURUMIANさんで販売されていたある作品を購入 しました。それは近くの福祉施設の方が制作された、 とてもかわいい刺繍です。
 
写真展の最終日にあの刺繍がまだ売れずに残っていたら、 うちにお迎えしたいと、 写真展の初日から自分の中で決めていたことだったので、 それも叶って嬉しかったです。
 
終わってみると前回のメルマガで書いたような、 心地よいのお金の循環をひとつ実現出来た体験にもなっていたので した。
 
振り返ると、”ありがたい”しかない写真展となりました。
 
写真を通じて、料理を通じて、
人との出会いを通じて、
これからもカンジルチカラを育んでいきます。
 
 
 
【お知らせ】
 
〇11/8(土) 茨城神立にて、映画『カンタ!ティモール』のアンコール上映会
〇11/9(日)、11/15(土) 茅ヶ崎アロマココロ横 古民家マルリラにて、ご予約ランチ会
〇11/16(日) 品川 ご予約ランチ&お話会
 
いずれの会も、宇宙おむすび、 野菜の声を聴くお料理を味わって頂けます。
 
(ご興味のある方はご連絡ください。詳細をお知らせします♪)
 
 
写真の展示の今後予定は、 
 
〇10/13(祝) 糸島 ギャラリー日常(nijo)
〇10/23(木) 滋賀 ギャラリーgenzai
〇11/8(土)~11/15(土) 茅ヶ崎 アロマココロ横 古民家マルリラ
 
を予定しています。
 
12月以降もどこかで開催できたらと思っていますので、 ご縁のある素敵な場所をご紹介頂けると嬉しいです(^^)/
 
 
☆チキウヲトトノエル協会では、 カンジルチカラを育む個人講座も開催しています。
11月スタートの方を絶賛募集中ですので、 興味のある方はご連絡ください。
 
 
 
最後まで読んで頂きありがとうございました。
感想等ありましたら、ぜひ返信でお送りください。

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お金もよろこぶ、地球もよろこぶ

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みなさま
 
こんにちは。チキウヲトトノエル協会の川本竜也(たっちゃん) です(^^)
 
暑い夏が過ぎて、ようやく秋らしい空気がやってきました。
糸島でもあちらこちらに彼岸花が咲いています。
 
いかがお過ごしでしょうか?
 
 
さて今回は、ある体験があったので『お金』 について書いてみます。
 
 
先日、東京に滞在していた時に、 小さな商店街にある昔ながらのお肉屋さんで、 閉店間際に惣菜を買って帰ることにしました。
 
美味しそうな手作りコロッケとエビフライ。 これを選んだときのお店のご主人とのやりとりの中で、 ご主人の喜びがものすごく伝わってきて、 僕としてもお金を渡しながら、とても嬉しい気持ちになりました。
 
「買えて嬉しい!」
 
買って帰ったコロッケとエビフライは、 みんなで美味しく頂きました。
 
 
もうひとつは神楽坂の喫茶店に入ったときのことです。 そのお店は高齢のご夫婦が営業されているお店で、 おじいさんからたまごサンドをオススメされました。
 
そのおじいさんはその後はずっと競馬中継を楽しそうにみていて、 それが純粋に好きなのが伝わってきて、 こちらまで心地よく店内で過ごせました。 そしてオススメのたまごサンドは、 たまごが炒りたてでホカホカ温かく、 手作りでとても美味しかったのです。
 
そのことを会計の時に伝えたのですが、 キッチンで調理をされていたおばあさんが、 その炒りたてのたまごのように柔らかく温かい笑顔をしてくれて、 その時もとても嬉しい気持ちになりました。
 
「来れてよかった!」
 
 
どちらの場合もお支払いした金額でいえば千円前後ですが、 金額とは関係のない別の次元で、 お金ってこういった素晴らしい喜びの交流が出来るのだと改めて氣 づきました。
 
作った人も、売った人も、買った人も、食べた人も、 そして商品たちも。
 
関わるみんながよろこんでいる。
 
どこにも無理がなく、とてもシンプルなのが心地よい。
お金のエネルギーが動くと同時に、喜びも広がっている。
 
 
 
そして最近の自分を振り返ってみると、 そうではないお金の循環が多いのではないかと思い至りました。
 
ネット通販でもスーパーのレジでも機械的に会計処理が済み、 喜びの感覚を感じる余白もなく、 むしろ何も感じないように支払いのその瞬間だけ無感情に事務的に なっていたりします。
 
最近の物価高もあり、高いなぁと思いながら喜びとは真逆に、 しぶしぶ払う場面もあったり。。(笑)
 
特に「感謝」ということに関しては、「感謝しなきゃ」「 感謝するべきだ」「感謝するのが当然だ」という感じで、 無理に頭で感謝をしようとしている場面も思い出されます。
 
 
支払いのプロセスも銀行口座からの引き落としや、 カード決済や電子マネーなど、 お金という存在自体を介さないで電子的な数字だけの世界になって おり、人さえも介さないことが増えています。
 
現金を使わなくなっていき、 人を介すこともなくなっていくことで、「ピッ」「ポチッ」 と決済も早く済み、 様々な煩わしさを解消してくれているのも確かです。
 
しかしながらその代償として、 大切なものを失っているような氣もします。
 
元々は人から人へ、 感謝と喜びの実感を伴って行われていたお金のやりとりが、 いつしかお金の数字だけの「取引」になっていき、その結果、 お金の取引額が増えても、 感謝と喜びは地球上に循環していってはいないのではないか。
 
 
つまり、 お金のエネルギーは動いているのに喜びが広がっていないという、 とても不自然な状態が広がっている。
 
 
戦争などは分かりやすく真逆の状態で、 お金のエネルギーは膨大に動いているのに、人間だけじゃなく、 様々な存在たちにも迷惑をかけている。 ほんの一部の利権者だけの利益のために。
 
 
 
お金はエネルギーとよく言われますが、本当にそうだと思います。
 
持っているだけではだめで、使って動かしてこそ、 その働きが生まれます。
 
エネルギーであるならば、
溜めすぎも良くないし、無さすぎも良くない。
必要な分が入ってきて、 必要な分が出ていくのが正常な状態でしょう。
 
 
 
そのエネルギーをどう使うか。
その力をどのような”意識”で使うか。
 
お金は人間だけの間で行き来する存在なので、 そのお金という存在をどう扱うのかは、 まさに人間の意識次第です。
 
 
地球上の様々な存在たちを犠牲にして、 人間のためだけにつかうのか。
地球上のすべての存在の、共存共栄のためにつかうのか。
 
その使い方は、
自分のエゴだけが喜んでいるのかな。
自分の魂はよろこんでいるのかな。
 
そういった問いを持ち続けながら、
 
自分の魂も喜び、結果として地球も喜んでくれることにつながる、
そんなお金の受け取り方、使い方を僕はしていきたい。
 
科学技術も同じですが、それ自体が悪い訳ではなく、 使う人の意識で結果が変わってくるのだと思います。
 
 
 
お金の循環は、
 
「喜びと感謝が広がるもの」
「地球上の全ての存在がよろこぶことにつながるもの」
「必要な時に、必要な分だけ使えるもの」
「余分があれば、足りないところへ分かち合えるもの」
 
 
であってほしいと、僕は思っています。
 
 
 
自分の魂も喜び、 結果として地球も喜んでくれることにつながるならば、 お金に限らず、助け合い、分かち合いの循環も同じです。
 
僕はありがたいことにお野菜や果物たちを、お裾分けで頂いたり、 お裾分けをしたりといったことも多いです。
 
最近、糸島で始まっている修理、 修繕のリペアカフェの取り組みも面白いです。
 
お金に100%依存する循環ではなく、 お金を介さない循環も少しずつ増やして大切にしていきたいですね 。
 
 
 
お金に関する本は世の中に沢山ありますが、 僕には難しくてまだよくわからない(笑)
 
例えば『モモ』のミヒャエル・エンデも、 現代のお金のシステムの問題点を指摘されています。
 
お金は、 生き物の命をささえる血液のような存在であるべきであるのに対し 、
 
人間の欲望と利子で、 増え続けることができる現代のお金のシステムによって、 人が人を搾取して、 人が地球を搾取し続けていることを指摘されています。
 
 
その結果、地球も限界にきているのは、 みんなどこかで感じていることだと思います。
お金についての新しい仕組みづくりも、 最近はいろいろなかたちで提案されていますが、 どちらにしても人間の”意識” が変わらないと機能はしないだろうと思います。
 
 
 
「お金」って何なのでしょうか?
 
多くの方がこのことで悩み困っていて、 僕にとってもずっと直面してきた大きなテーマです。
 
お金を得ることを最優先にして生きることで、 地球上で生かされている人間としての尊厳を忘れさり、 魂を売り渡してしまうような現代社会でもあります。
 
お金を得ること自体は良くも悪くもないのですが、 その意識が不安や恐れ、欲望と強く結びついていると、 競争や奪い合いの世界になります。
 
 
 
お金の在り方は、どうあることが地球にとって調和しているのか。
自分でも実体験しながら、深めていきたいテーマです。
 
 
僕なりのひとつの見方として、お金もひとつの存在である以上は、 魂がある存在であり仲間だということがあります。
 
つい忘れがちですが。。(反省)
 
 
「お金さん」という存在がよろこぶような扱い方、 使い方というのも、野菜に聴くように「お金さん」 にも直接聴いていきたいと思っています。
 
 
 
最後まで読んで頂きありがとうございました。
感想等ありましたら、ぜひ返信でお送りください。

 

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